高3の次男がテレビのニュースを見ながら「俺も仮処分すっかな」と言った。「何の仮処分よ?」と言うと、「いや、なんだかわからないけどカッコよくね?仮処分って」だと。ダメだ。いよいよ本格的だ。
これを聞いた双子の長男は「わかるわかる。カッコいい。お父さんわからない?」だって。ブルータス、お前もか!
高3の次男がテレビのニュースを見ながら「俺も仮処分すっかな」と言った。「何の仮処分よ?」と言うと、「いや、なんだかわからないけどカッコよくね?仮処分って」だと。ダメだ。いよいよ本格的だ。
これを聞いた双子の長男は「わかるわかる。カッコいい。お父さんわからない?」だって。ブルータス、お前もか!
「奇天烈逆も〜ション」でネット検索をしていたら(恥ずかしながらこういう検索を私は結構するのだ)、あるウエブサイトがヒットした。
その名も『麻酔科パラダイス』といって、神戸市内の病院で麻酔科医をやっている方のブログであった。http://www.pat.hi-ho.ne.jp/masuika-paradise/muda.html
ブログの中で、このブログについて触れているところがあるのだが、それがすこぶる面白い。紹介してみよう。
このホームページを作る上で私がお手本にしたのは、「卓球王国」という雑誌が作ってるサイトの中の、「奇天烈逆も〜ション」というブログである。書いているのはある卓球愛好家で、有名選手でもなんでもなく、家電メーカーの技術系会社員である。このおやじが、卓球だけでなく宗教とか音楽とか、あらゆることに好奇心を向け、いかにも理系人間らしい合理主義をふりかざすものの、根本にあるのは卓球に対する不合理なまでの情熱と「どこかずれてて笑えるもの」への渇望であり、結果として毎回わけのわからないオチがつくのである。まことに奇天烈なブログである。ひそかに師と仰ぎ、わがホームページをそのレベルまで近づけたいと願うものの、いまだまったく足元にも及ばない。
なんと、こんなところに私の隠れ弟子が!と、最後のところはちょっと自慢のために引用をさせていただいた次第だが、ご容赦願いたい。ブログから得られる手がかりでは、この方は私より2、3歳年上のようで、つまりご自分も十二分に「おやじ」のようである。ともあれ、文章が面白い上に内容も医療の現場をユーモラスに表現していてなんとも興味深いブログである。しかも言葉遣いが私の文章とよく似ていて、とても親近感を覚える。「俺、こんなこと書いたかなあ?」という感じだ。
私も卓球という狭すぎる題材ではなくて、医療とかもう少し一般性のある部分が得意だったら、ひと山当て・・・おっと失礼。
昨夜、NHKの『至高のバイオリン ストラディヴァリウスの謎』を見た。
なんとも消化不良の感がする番組だった。世界中のバイオリン製作者がストラディヴァリウスの音を再現しようと日夜研究をしているというのだ。ある者はボディに塗られているニスに秘密があるのではないかと化学分析したり、ある放射線科医はバイオリンをCTスキャンして内部の構造を調べ、それを図面に落として自動加工で完璧に再現をしようとしたりで、いやはや大変な情熱である。それでもいまだにストラディヴァリウスの音を完全に再現できるバイオリンはできていないということのようだ。
当然だが、そこにはストラディヴァリウスの音の方が良い、少なくとも他のバイオリンと違う音が出ているという大前提がある。ところがである。専門家やバイオリン製作者たちがブラインドテストをすると、ストラディヴァリウスと現代のバイオリンを聞き比べてもさっぱり当たらないというのだ。正答率が20%から50%で、これまでにも同様の実験が行われてやはり同じような結果だという。
この番組の根幹にかかわる驚くべき結果だと思うのだが、掘り下げ方がなんともあっさりしている。どういう実験をしたのかその詳細の紹介がないので、このパーセンテージの持つ意味が分からないのだ。偶然による正答率が何%なのかわからないのでは判定のしようがない。
ともかく、番組では「専門家の耳さえも違いは捕えられない」という結論だった。普通なら「じゃ、違いはないんじゃないの」となるところだが、演奏者にはその違いがはっきりと分かるのだという。それなら、演奏者でこそブラインドテストをすればよさそうなものだが、それはやらないのだ(笑)。それをやらずに、無反響室でマイクを40本以上も設置して音の出方を測定をして違いが出たと言っている。何であっても測定をすれば違いが出るのは当たり前だ。問題はその違いが意味のある違いなのかどうかだ。これこそが科学であり、測定器を使うことが科学ではない。
測定結果では、ストラディヴァリウスの音には指向性があり、ある特定方向に偏っているのだという。これが会場の隅々まで響き渡る音の秘密かもしれないなどと言っている。「会場の隅々まで響き渡る」ことが「観客にはわからず演奏者にだけわかる」ということである。不思議な話もあるものだ。
打ったドライブの重さが、相手にはわからないけど打った本人にだけわかるラケットとでもいおうか。
「今のドライブ重かっただろ」
「いや、普通っすね」
「お前は気づかなかっただろうけど重いんだよ」
「は?」
「重いんだよ。ニッタクのバイオリンで打ってるんだから」
「・・・ちいーっす」
もっとも、演奏者にブラインドテストをして「違いがない」あるいは「現代のバイオリンの音の方が良い」なんて結果になったりしたら、何億円も出してバイオリンを買った人はその場で気が狂って慰謝料を請求されるかもしれないな。あと、世界中のストラデイヴァリウスのファンとか関連ビジネスの人たちからもどんな苦情が来るかわからないだろう。でも、それをやってこそ番組を作る意義があるのではないだろうか。でもまあ、わかる人にはわかる内容にはなっているから、これはこれでいいのかもしれない。
先ほど、NHKスペシャルの宣伝を見た。1台がときに何億円もするストラディヴァリウスというバイオリンの秘密を探るという。
番組ではストラディバリウスと他のバイオリンの音を紹介していた。もちろん私にはその違いはまったくわからなかったが、なんと、専門家が聞き比べても違いはほとんどわからないのだという。二つのバイオリンでブラインドテストをすると、専門家でもその正答率は高い人で50%ぐらいなのだという。
これはすごい。二つにひとつの実験で正答率が50%ということは、まったく、少しもわからないということだ。それに、高い人で50%というのも不可解である。これは専門家の正答率が低い方に偏っているということであり、偶然以上の確率で、ストラディバリウスではない方のバイオリンをストラディバリウスだと誤認するということを示している。
もうこれは番組成立の根幹にかかわる大問題だと思うのだが、番組では平然と「バイオリンの出す音を科学的に調べてその秘密を探る」などと続けるのだ。違いがわかっても、それに何の意味もないという結論がとっくに出ているのに、測定をするのだ。しかも、普通はバイオリンの音は直接耳に入る音と、壁などに反射してから耳に入る音が混じって聞こえるが、それだと違いがわかりにくいので、反射音がない特殊な部屋で、マイクを8カ所に設置して、その音の出方を徹底分析するという。これは、ラバーを貼った状態ではラケットの違いがまったくわからないので、ラバーを剥がしてラケットの表面8カ所に振動計をつけて打球をして違いを測定するようなものだろう。
この実験で番組としていったいどんな結論を出すのか、本編を見るのが今から楽しみでならない。
ホンダ創業者である本田宗一郎は、問題に直面して落ち込んでいる若者に言ったという。「お前、何歳だ?27歳?そうか。俺はもう50だ。もし27歳に戻れるなら俺は500億払うぞ」と勇気づけたという。
こういう話には私はある一定の感動は覚える。と同時に「そんなこと言ってもなあ」という気持ちにもなる。私も20代のころ、そういう類のことを年配の人に言われたり読んだりしたものだが、何か素直には受け取れなかった。若くてよいことばかりではない。恥ずかしながら私は若い頃は死が恐ろしく、十分に人生を経験する前に死ぬことの無念さが気になっていた。しかも若ければ病気になったときの進行も早い。60、70になれば十分生きた気がするだろうし病気だって進行は遅いだろう。早くその年まで生きて安心したいと思っていた。
加えて「若さは宝だ」と押し付けられても、現実に金はないし能力もない。自分には何かあるはずだ、本気出していないだけだ、という思いはあってもあんまり何もできないし本気も出せない。出す対象も思いつかない。私の場合なら、試しに絵や漫画や文章を書いてみても我ながら箸にも棒にもかからない。
実際、50を目前にした今の方がやりたいことは何でもできる状況にある。金はあるしやりたいこともやれることも見えてきたし平均年齢の半分は生きたのでこれから何が起こってもそう不幸だと思わなくて済む。若くて有利なのは体力ぐらいのものだが、富士山に走って登るんでもあるまいし、体力が必要なことでやりたいことなどない。今更また20代に戻されて幸運な偶然に出会わず、卓球王国での連載もできず、病死などしたらたまったものではない。500億払うから(ないけど)このままにしておいてほしいと思う。
そういうわけなので「若さは宝だ」などと言われてピンとこなかったり引け目に感じたりしている若者たちがいたら、気にする必要はない。ほとんどの若者は何もできないし人生つまらないなあ、他の人だけ楽しそうだし若いのにやるべきことをやってない気がするなあと思っている。大丈夫。それが普通だ。とにかく病気と交通事故に気をつけて死なないようにしてほしい。
そして50になれば、50年の経験と思い出という宝が舞い込んでくるのだ(年金か?)。それでは90歳になればもっと良いかと言われれば・・・微妙だ。経験していないのでわからない。
何かと話題の多い「あまちゃん」に、宮澤賢治の曲が使われていることをご存じだろうか。「星めぐりの歌」という歌のメロディーが随所に出てくるのだ。音楽家でもない岩手出身の宮澤賢治のマイナーな曲をあえて使うあたりに、音楽を担当した人の遊び心が感じられる。「わかってるなあ」という感じがするわけである。
宮澤賢治といえば先日、1996年に放送されたNHKの宮澤賢治特集の再放送を見た。その中でひとつ感動的な話があった。畠山モトさんというご老人がいる。彼女は賢治にたった一度だけ会ったことがあるのだが、そのときに賢治にかけられた言葉が忘れられないという。賢治は当時勤めていた砕石工場の同僚の家を訪ねてきたのだが、そのときにモトさんがお茶を出したのだという。賢治が砕石工場に勤めていたのは昭和6年(1931年)で、この放送の時点で実に65年も前の話だ。有名人だったならともかく、まったく無名だった生前の賢治にたった一度だけお茶を出したときにかけられた言葉が忘れられないというのだ。
モトさんが父親に言われて賢治にお茶を出すと、父親はいつも他の客にするのと同じように「この子は母親がなくて、8歳ぐらいの小さなころから飯炊きから何でもこなしてよくやってくれているんです」と自慢話を始めたという。モトさんはその話をされるのが嫌で「また始まった」と思ったという。それを聞いた賢治はひとことだけ
「貧しさの影が全然なくて、優しい娘さんに育ちましたね」
と言ったのだそうだ。貧しい人にこんな言葉をかける人などいない時代であったから、モトさんにとってこの言葉は宝物であり生涯胸から離れることはないという。賢治の台詞を語るときのモトさんのこみ上げるものがあって言葉に詰まる様子が、彼女の思いが伝わってくる感動的な場面だった。
やはり賢治の言葉は並ではなかったのだ。
もっとも私も悪い意味でなら相手が一生忘れられない言葉を発したことがある。友人の奥さんが私の子供を見て「大きくなりましたね」と言ったときに私は「大きくなるのは当たり前だ」と言ったらしいのだ(覚えてないが)。奥さんはそれが衝撃的で忘れられないという。なんとも申し訳ない。
10月号の卓球王国に「最近の私の記事が面白くないと編集部で評判らしい」と書いたためか、読者の方々からこれまでにない数の激励のハガキをいただいた。こういうハガキはいつもは2、3通なのだがいきないり7通も来て、連載を始めて以来の最高記録だ。
見ず知らずの方々からLOVEとまで書かれて(男性だが)執筆者冥利に尽きる。中には「逆モーションの連載が終了したら卓球王国を買うのを止める勢いです」と大変な鼻息のハガキもあったりして、ありがたい限りである。
「面白くないと言われている」というのも、まあひとつのネタとして書いたわけで、それほど強く言われているわけではないのだ。ある程度は言われているが・・・。
ちなにみ、いつもいただくハガキで面白いのは、結構な確率で「隠れファンです」とか「恥ずかしながらファンです」とかいうコメントがあることだ。隠れるかやっぱり。
「ほこたて」という番組がやらせをやったということで問題視され、どうやら番組自体が打ち切りになるようだ。好きな番組だっただけに残念である。
テレビでは、明らかなフィクションのドラマのときに限って「実際の団体とは関係ありません」などと書くくせに、フィクションかどうかわからないような微妙な番組の時には決してそうは書かない。マジックをしているのにマジックではないと言ってみたり超能力だと言ってみたり、果ては種はないけど能力もないデタラメな透視とやらで行方不明者を探してみたりだ。こういう番組の時こそ「これはフィクションです」とテロップを出すべきなのに、これらは、その詐欺的な部分でしか視聴者の興味を引き付けられないので、そのようなことは絶対にできないのだ。
「ほこたて」の場合は、仮に演出があったとしても、登場する人や機械の技術やら能力は凄いものなのだろうから、それでもある程度お見応えはあるはずなのだ。だから番組の最後にでも「必ずしも真剣勝負ではありません」とかなんとか出しておけば少なくとも建前上は、ここまで糾弾されることはなかっただろう。まあ、無理だろうなそんなの。
今朝、通勤途中に車で聴いたラジオで、スピリチュアル依存症について語られていた。一日中、風水らや占いをもとに行動を決めていて何も自分では決められない状態の人たちのことだ。気の毒なことだ。ちゃんと学校でそういうバカバカしいものをきっちりと否定しておかないから可愛そうな人たちが出てくるのだ。
続いてラジオではスピリチュアル・カウンセラーという職業を紹介した。そういう依存症の人たちを救うためのカウンセラーがいるのかと思って聴いていると、なんとオカルトを根拠にカウンセリング行う人たちのことだった。ひーっ!逆か!
こうなったらアレだな。卓球王国でもラバー占いとかラケット占いやったらどうだろうね。「バイオリンにテナジー64を貼っているあなたは他人に合わせてしまいがちだが芯の強い努力型」「ピストルグリップに粘着性とアンチを貼っているあなたはストーカーと紳士の二重人格を持った殺人鬼タイプ」なんてね(いるかそんなヤツ)。あるいは逆に、血液型と誕生日をもとに最適の用具を薦めるとか。担当はもちろん、用具のことなら文字通り裏も表も必要以上に知り尽くした祐だな。
どうだ編集部!