11歳、13歳の部のラテンアメリカ大会出場決定! 強化合宿の様子。

今回のパンアメリカ大会で、一番成績の良かったペルー選手はアンヘラ・モリちゃん(21歳くらい?)

21歳くらい? ←というのは、そもそも、女性に年齢を聞くなんて失礼でしょう? と言いつつ、過去に確かに歳を聞いたにも関わらず、すっかり何歳だったか忘れてしまった私。コーチ失格。

 

彼女、シングルスでベスト16に入りました。現在ペルーのランキングでは常に1位です。

右シェ-ク裏裏、バックハンドと「すまし顔」が得意です。

 

そんなアンヘラちゃん、今までに1セットも私から奪ったことがありません。

何度も練習で試合してるのに。ペルーのオープン戦でも3回、試合したことがあるのに。

 

私はコーチという仕事上、選手たちのレベルアップを期待し、アンヘラちゃんから1セットでも良いので奪われたいのですが、なかなか奪ってくれず。

 

……さては私、「絶対に負けたくない」と思っているでしょう? そうでしょう?

「コート内ではどんな立場であろうとも、全身全霊で戦うのがスポーツ界での決まりではないの?」

と言いながら、若い子たち相手に老体に鞭打って必死に試合相手してるんでしょう?

1セットでも、いや、1ポイントたりとも奪われまいと。

 

みなさんこんばんは、ペルー卓球ナショナルチームのコーチをしております西田泉と申します。

 

さて、ブログ「私がパンアメリカ大会にコーチとして行けなかった理由」でお話した通り、今まで11歳と13歳のコーチ兼監督をしていましたが、9月から15歳、18歳、成人の部のコーチに変更されました。

 

しかーし!

 

11歳、13歳の部のラテンアメリカ大会が

 

9月25日~30日までパラグアイで行われるので

 

総合監督として16名の子供たちと

 

私を含む5人のコーチで

 

出陣することが決まりました~!

 

ラテンアメリカ大会に向けて1週間前から強化合宿が行われています。

9時半~12時半、2時~5時まで。

子供たちの学校ですか? もちろん休みです。

強化合宿中も、大会期間中も。……ちょっとかわいそうですね。

当の子供たちは学校が休めて嬉しそうですが。

 

ダブルスの試合。

12時半からお昼ご飯。

近くの食堂が持って来てくれます。

男の子が一人紛れ込んでいます。マセてますね。

 

~次号に続く~

第9代国際オリンピック委員会 (IOC) 会長、トーマス・バッハさん

2017年9月8日、第9代国際オリンピック委員会 (IOC) 会長であるトーマス・バッハさんが2019年パンアメリカ大会 in リマの視察で、我等が誇るナショナルスポーツセンタ-にやってきました!

ドイツ人のバッハさんは元フェンシング選手で、そしてなんと、オリンピック金メダリストだそうです。そして弁護士。

すごい人や~!

そんなすごい人が、大勢の報道者に囲まれながら変なキャラクタ-と共に入場。

変なキャラクタ-っていうのは、2019年パンアメリカ大会 inリマのキャラクタ-なんですけど! 名前は「ミルコ」。真ん中のやつです。

全員、指4本。

こういうキャラクタ-って、大体指が4本ですけど、なんか意味あるんですかね? 6本指ではダメなの?

アマンティスとワイキ(読み方合ってるかな?)は何処行ったのかしら?

アマンティス(右のやつ)の顔、なんかテキト-過ぎる(泣)

足も! すごく雑!

っていうか頭に付いてるの、何? 意味あるの? 待ち針? 頭、仮縫いのままなの? 確かに頭の上がヒラヒラしていますね。

フェンシング、卓球、柔道、空手、レスリング、バドミントン等の選手、コーチ陣がバッハさんを拍手で迎え入れます。

っていうか人少なすぎ(泣)

バッハさんはすごい人なんだから、国民全員でお迎えした方が良いんじゃないの? 違うの? 国民全員とは言わずとも、全スポーツ選手で迎えるべきじゃないの?

報道陣に押され囲まれ、揉みくちゃにされるバッハさん。かわいそう!

押さないであげて! いくらフェンシングでオリンピック金メダルを獲った、鍛え上げられた下半身があるとしても、これだけ報道陣に一斉に押されたら、ホラ、よろけた。もう歳も歳なんだまたよろけた。

「オリンピックの精神がここに住んでいると感じました。ペルーのスポーツには未来がたくさんあります。ペルー人はスポーツを愛しています。ペルーは2019年に素晴らしいパンアメリカ大会を運営することでしょう。全ての選手、関係者に幸運を祈ります」という有り難きお言葉を、とても流暢なスペイン語で話されていました。

さすが、大会会長を務めるほど頭の良い人は、スペイン語までスペスペと使いこなすんですね。

それにしても、参った。

恐れ入りました、ペルーよ……。

国際オリンピック委員会会長であるバッハさんに

「オリンピックの精神がここに住んでいると感じました。ペルーのスポーツには未来がたくさんあります。ペルー人はスポーツを愛しています」と言わしめるなんて!

 

……あの~バッハさん、お世辞じゃないですよね?

……こういう場面では、良い事を言った方が「形として美しい」から?

 

まぁ良いや。バッハさんを信じよう。こういう偉い人が嘘を付く筈がないでしょう。

嗚呼、一瞬バッハさんを疑ってしまった自分がなんと情けないことか。

 

ペルーはこの言葉通り、オリンピック精神に則り、ペルーから世界へとスポーツの未来を築き、スポーツを愛する国民全員が力を合わせて大会を一勝でも多く勝ち進み、世界を「アッ!」っと驚かせる日も近いに違いない。そうに違いない!

 

追加

只今行われているパンアメリカ大会の団体戦の結果報告です。

女子

1ブラジル

2アメリカ

3プエルトリコ

3アルゼンチン

5カナダ

6メキシコ

7グアテマラ

8エルサルバドル

9チリ

10コロンビア

11エクアドル

12コスタリカ

13ペルー

14ドミニカ共和国

15キューバ(ハリケーンで飛行機が出航せず、不参加)

 

男子

1ブラジル

2アルゼンチン

3アメリカ

3パラグアイ

5チリ

6カナダ

7ペルー

8メキシコ

9エクアドル

10コロンビア

11グアテマラ

12エルサルバドル

13ドミニカ共和国

14コスタリカ

15キューバ(ハリケーンで飛行機が出航せず、不参加)

 

ペルー男子は7位でしたが、もし予選グル-プでキューバが参加していたら、ほぼ確実に3位通過となり、次のト-ナメントでは9位から15位までのグル-プで戦うことになっていたでしょう。

「アッ!」というよりも「えっ?」という様な結果でしたね。

私がパンアメリカ大会にコーチとして行けなかった理由

前回の記事で「パンアメリカ大会にコーチとして行けなかった」と嘆いたら、ふじわらさんからこんなコメントをいただきました。

「さて、コーチとしてついていくことができなかった、とは…

ちょっと気になった次第でございます」

久しぶりのブログの更新で、筆足らずな所があったことをお詫び申し上げます。

 

心配御無用! (←声高らかに!)

 

あれ? っていうか、ふじわらさんは「ちょっと気になった」だけで、「心配」はしてないですね。すみません、調子に乗ってしまって……。すぐに調子に乗るんだから私ったら。

それならば……

 

ちょっと気になる御無用! (←声高らかに!)

 

……しばらく日本語を使っていない間に、なんか日本語難しくなってません? 気のせい?

 

私は今までカテゴリ-11歳・13歳のコーチ兼監督を務めていました。

「コーチ兼監督」なんて、偉そうなこと言っていますが、このカテゴリ-のナショナルチームのコーチはそもそも私一人しか居ません(泣)

 

国立サッカー場の薄暗い一角にひっそりと卓球台6台が設けてあります。

練習は月曜日から金曜日の午後4:30~8:30の4時間。

いつの日かの練習の様子。サーブ練習から始まります。

首都リマに住んでいる子供たち12名が練習していました。(←過去形)

集合。なにやら偉そうなことを言っていますね。紙なんか持っちゃって。

どうせスペイン語を話しているんでしょうよ。

練習の説明をしているところ。私の動きが早くて、写真がブレています。

それにしても、ペルーの子供たち、かわいいでしょう?

日系の子が二人います。

 

さて、次のカテゴリ-は15歳、18歳、成人の部で、合同で練習しています。

総合スポーツ施設(新しくて広くてキレイ!)で午後5:30~8:30の3時間練習。(午前中3時間練習している選手も7名ほどいます)

選手は少ない日で14名、多い日には20名ほどが練習に来ます。

なぜ人数がマチマチなのかというと、こんな言い訳が選手の口から飛び出るからです。

「宿題で~」

「試験があって~」

「大学の授業で~」

「体調悪くて~」

 

キューバ人のコーチと、ポルトガル人のコーチ(総合監督)が練習を見ていました。(←過去形)

なぜ過去形かというと、そこに私も加わることになったからです。レジェンド・トシヒロ・タナカさんも新たに加わり、鬼に金棒! 泣く子はもっと泣く! 豚もおだてりゃ木に登る!

なぜコーチが増えたかというと、2019年にパンアメリカ大会が首都リマで行われることが決定し、それに向けて選手を強化しよう、全ての資金と情熱を15歳以上のパンアメリカ大会に出場するであろう選手に注がれることになったのです。

 

つまり、ナショナルチームの11歳・13歳のカテゴリ-は廃止。

しかも、とてもわかりやすく、2019年まで廃止だそうです。

子供たちは各クラブチ-ムで練習しています。

 

さて、私がパンアメリカ大会にコーチとして行けなかったのは、

1.今まで11歳と13歳のコーチをしていたから

2.レジェンド・トシヒロ・タナカさんが行くことになっていたから

でした。

 

以上、「ちょっと気になる御無用」の説明でした。

パンアメリカ大会が本日開催

皆さんお待ちかね!

ついにパンアメリカ大会が本日開催されましたね!

パンアメリカ大会、つまり南北アメリカ大陸の国々が集まり競い合う、夢の大舞台!

今年はコロンビアで開催されます。

コロンビアのコーヒーって、美味しいんですよね。

う~ん、ワクワクしちゃうぅ~!!!

その大会に、私はコーチとして付いて行く事が出来ませんでした。

そして、一昨日ペルーに着きたてホヤホヤの田中敏裕さんはペルー国の代表者として出発されました。田中さん、そんな、お土産なんて、どうかお気になさらずに……

初日は団体戦から。

ペルー女子は 対プエルトリコ、チリ、メキシコ

ペルー男子は 対キューバ、アメリカ、コスタリカ

 

むむむ……女子はかなり難しそうだな。プエルトリコはリオデジャネイロオリンピックにも出場したアドリアナ・ディアスちゃん若干17歳に吹っ飛ばされそう。

男子は対キューバ。

三年前、私がグアテマラのオープン戦で左利きのゴリラ…じゃなくてアンディ・ペレイラ選手にセット0‐2の7-10から逆転勝ちしたのは唯一の自慢ですが、彼は今でも練習を続けていますし、スーパーサイヤ人4(しっぽが生えてるやつ)くらいにはレベルアップしているでしょうから、ペルーの選手たちにはどうにか、「無事に生きて帰ってきて欲しい」と願うばかりです。

 

ペルーで大人しくお留守番していると、プエルトリコでコーチをしているレジェンド森部淳さんからメッセージが届きました。

「レジェンド・トシヒロ・タナカさんに会いましたよw」と。

「最初はお互いどっちも日本人だとは思わなくて、カタコトの日本語で話しかけてくれて、会話が始まりました」とのこと。

 

「爪を隠す」どころか、お互いに日本人だという事すら隠してしまうなんて!

 

すごい! レジェンド森部淳さんがレジェンド・トシヒロ・タナカさんに出会ってしまった! これは一大事! これは台風が起こるに違いない~! 等と言っていたらアメリカ、キューバ辺りで大きなハリケーンが発生。

おかげでキューバの選手は出国出来ず、団体戦は棄権とのこと。

キューバのゴリラ…じゃなくてアンディ・ペレイラ選手たちは、本当に気の毒です。

後日に行われるシングルスには出場できるそうなので、この悔しさをバネに、より一層暴れていただきたい。

西田泉はキューバの選手たちを応援しています。

ペルーに田中敏裕さんがいらっしゃいました。

本日、ペルー卓球ナショナルチームにコーチとして田中敏裕さんがいらっしゃいました。

田中さんは34年前にJICAボランティアとしてペルーで卓球の指導をされていました。

何度かメールでやり取りはしていましたが、実際にお目にかかるのは初めてです。

意外と小柄でした。ニコニコしていて、とっても気さくな方です。

 

「あの田中さんがペルーにやって来た!」

と、当時の田中さんの教え子たちが練習場にやって来ては、入れ替わり立ち代り田中さんに挨拶をしていました。

とにかく人望がすごいです。みんなから愛されている。

昔の教え子たちと。

におうぞ、におうぞ。

なんだかこの人は凄い人だぞ、っていうにおいがするぞ。

別に偉そうにしてるとか、大きい声で話すとかじゃないんですよぜんぜん。
アレですよ、「能ある鷹は爪を隠す」ってやつ。
別に隠している訳でもないんですけど、自然と出てしまう。
オーラってやつ? 雰囲気ってやつ?


田中さん、スペイン語が流暢です。確実に私よりも話すのが上手いです。

正直焦ります。


真剣に話を聞く選手たち。(一人だけカメラ目線)

冗談で選手たちに「私のお父さんだよ」と言ったらすんなり信じてしまい、すぐさま訂正にはいりました。

 

それにしても、ずっとペルー人に囲まれて過ごしているので、久しぶりに日本人に会うとなんだかホッとします。白ご飯にお味噌汁みたいな。なんとなく、わかりますよね?

ちなみに、今もペルーにいる渡辺拓也くんは特に「日本人」っていう感じがしないんで、別にホッとしないんですよね。
彼は上手い具合に「日系化」していますね。彼はインカコーラにハンバ-ガ-って感じですしね。ジャンクな、今時の若者ですね。

田中さんのコーチの期間は今年の12月まで。わずか3ヶ月しかありませんが、選手たちは田中さんから多くを学んで欲しい。

もちろん、私も田中さんから多くを学びたい!

先ずは上手に爪を隠すところからですかね。

ニッタク南米営業担当の坂井さん

ニッタクの南米営業担当の坂井さんが、営業活動でペルーにいらっしゃいました。

エクアドルに続きペルー、チレ、そしてブラジルへと営業活動の旅路におります。

ペルーには二日間の滞在。渡辺拓也くんやJICAボランティアの松山くんから接客を受けていました。

坂井さんは私たちペルー卓球協会の監督・役員と二時間ほどの会議で、ボールやラバー、ラケットについて色々と質問されていました。もちろんスペイン語で。
坂井さんは過去に南米ボリビアでJICAボランティア活動をされていました。
日本に帰国してスペイン語を話さない環境にいると、スペイン語なんてすっかり忘れてしまうのが通常。それなのに坂井さんはしっかりとスペイン語を話されていました。凄いです。


左から、渡辺拓也くん、松山新之助くん、ニッタク坂井さん、私(11歳、13歳以下の監督)、成年監督のベラルーシ人、15歳以下監督のキューバ人、18歳以下監督のエクアドル人。

ペルーのナショナルチームなのに、ペルー人の監督が一人もいない(泣)!

坂井さんはペルー卓球協会と会議の後、すぐに次の場所へと行ってしまいました。とても忙しそうな様子。

南米ではニッタクの需要はまだまだ少なく、ペルーでは主にバタフライやSTIGA、DONIC、JOOLA等が出回っています。
今後、南米でニッタクの用具がたくさん出回る事を期待しております。

P.S
坂井さん、お土産大変ありがとうございました。
みんな「美味しい! 美味しい!」と喜んで食べていました。

ペルーの独立記念日

1821年7月28(195年前)、ペルーはスペインから独立しました。
7月28、29日はペルーの独立記念日で祝日になります。

ペルーは5年に一度大統領が交代し、今年、ペドロ・パブロ・クチンスキー(77)が7月28日に新大統領として就任されました。
77歳にして大統領を務めるなんて、何たるエネルギーの持ち主。
志が高いですね。

「青春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方を言う」
「年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる」
サミュエル・ウルマンの「青春」という詩にあるように、この77歳のおじいちゃん(失礼?)はまさに青春真っ只中なのでしょう。
全ては心の持ち方次第なんですね。

私はペルーのナショナルチームで11歳、13歳以下の子供たちの監督・コーチをしていますが子供たちのエネルギーはやはり凄いです。
そのエネルギーに圧迫され、練習後には私がクタクタになる時もあるし、逆にエネルギーに満ちる事もあります。不思議ですね。

77歳のおじいちゃんや11歳の子供たちに負けじと、31歳のおばさんも
「はい! はい!」等と子供たちに掛け声を掛けながらエネルギーを出して頑張ります。

日本の皆さんは暑さに負けず頑張って下さいね。ちなみにペルーは5月~10月までが「冬」と呼ばれ、現在のリマの平均気温は最低15度、最高20度あたりで肌寒いです。

ブログを書かなかった間に、主にこんなことがありました。

卓球王国様でブログを書いていた事をふと思い出し、ペンを握った次第です。

皆さん、ブエノス・ディアス(スペイン語でおはようございます)。

西田泉、生きております。ペルーで無事に生きております。

そういえば、約4ヶ月前にペルー人男性と結婚いたしました。あ、どうもありがとうございます。

ちなみに私は左ペン表ですので、この花嫁は私ではないということですね。

相変わらずペルーのナショナルチームで15歳以下の子供たちの監督コーチをしています。

ブログを書かなかった間に、主にこんなことがありました。

・ペルー人と結婚。結婚式を挙げる。結婚前、結婚後の手続きに追われる。
結婚後4ヶ月経った今も、その手続きが終わっていない。

・ナショナルチームの監督のくせにオープン戦に出て優勝、賞金を貰う。

・青年海外協力隊として松山新之介くん(右)が来ペルー。

・元青年海外協力隊の渡辺拓也くん(左)が個人的に再来ペルー。

子供たちは彼らの教え子です。

・子供16人を連れて18歳、15歳以下の南米大会でパラグアイへ。
アルゼンチン、ブラジル、チリ、エクアドル、パラグアイ、ペルーの6か国が参加。
ブラジルに続き、ペルー総合2位獲得。今までで最高の結果だそうです。

・11日にも渡る南米大会パラグアイで、初めての海外大会の付添い。色んなストレスから、ペルーに帰国して38,5度の高熱が4日間続き、旦那の車で救急病院へ向かう。

・11歳、13歳以下の南米大会がリマで行われ、監督を務める。
アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、パラグアイ、ペルーの7か国が参加。ペルーは開催国の為、参加人数は他国の倍。余裕で総合優勝。
心配していた高熱は出ませんでした。ホッ。

・15歳以下のラテンアメリカ大会(南米大会より範囲が広い)へ7人の選手を連れてドミニカ共和国へ。アルゼンチン、ブラジル、エクアドル、エルサルバドル、グアテマラ、ハイチ、メキシコ、パナマ、パラグアイ、ペルー、プエルトリコ、ドミニカ共和国の12か国が参加。
結果は男子団体2位、男子ダブルス2位、男子シングルス3位、ミックスダブルス3位。
心配していた高熱は出ませんでした。ポッ。

ざっとこんな感じです。

改めて思ったことは、「ブログはちゃんと書こう。書き続けよう、どこまでも!」という事です。
皆さま、叱咤激励の程、よろしくお願い致します。

かしこ

そういえば、旦那の似顔絵を描いてみました。ご覧の通り、福山雅治に激似です。

武田俊夫コーチ、通称「武田さん」

凄い人って、大体変わってるじゃないですか?
武田さんはまさにそのパターンだと思います。
武田さんって、変わってるんですよ。普通の人じゃない。つまり変人。
つまり、凄い人。

ブラジルはサンパウロにある、イタインケイコ卓球クラブでエリートクラスの子供たちのコーチをしています。

イタインケイコの子供たちと

武田さんの何が凄いって?

①日本人初のブラジル代表コーチ
(2012,2013年ホープス それ以降はクラブとの兼ね合いで辞退している)

②ブラジル代表総監督のリンコン・安田さんへのアドバイス
代表選考や代表合宿の練習メニュー作成の助言。

左がリンコン・安田監督

③レベルを問わず子供たちに慕われている
卓球の技術のみならず学校でのこと親とのことを、ブラジル人の他のコーチではなく武田さんに相談するそうです。

練習前、練習後のミーティングも徹底しています。

④技術を教える時の説明がわかりやすい
例えばシュートドライブをある選手に教える時に「この技術を覚えると、試合でこういう風に使える。それができると今あるこの技術が生きてくる。
そうなると試合で使える戦術がこれだけ増える。そのために今この練習をする」というような説明をするため、選手はイメージがし易く、やる気も出て上達が早いのだとか。

フリーハンドが後ろに行ってしまう癖を、ボールを使って直している様子。

⑤何人もの選手をブラジル代表にし、南米チャンピオン、ラテンアメリカチャンピオンも育てた

2013年の南米大会で、教え子のドゥドゥ(エドゥアルド・トモイケ)にアドバイスをしている様子(もちろんポルトガル語)

選手はもちろん、ブラジル人コーチにも多大な影響を持つ武田さん。
その彼が、リオデジャネイロオリンピックの後、日本に帰国することに決めたそうです。

帰国の主な理由については
1、物価の急激な上昇で生活が苦しいこと
2、お金が無いと医者にも思うようにかかれないこと
3、ここ数年、周りの知人が何人か急に亡くなり「ブラジルでは死にたくない」と思ったから

「俺みたいに『選手』として名前がないとコーチをするのは難しいよ」と武田さんは言っていましたが、私はこんなコーチをあまり見たことがありません。

武田さんが日本に帰ると、イタインケイコ卓球クラブに与える影響は膨大。
ブラジル卓球界に与える影響も少なくありません。

もちろん、日本でも結果を出しています。
2000年、全日本卓球選手権大会でダブルス優勝!
鬼頭明選手・野平直孝選手

その武田さんが「日本に帰国する」と言っているのですから、当然コーチをすると思いきや、日本に帰ってからの仕事はまだ決めていないそうです。

料理はセミプロ級、子供が大好き、頭がイイ、兄貴肌、世話好き、気が利く、昔は相当モテた(らしい)、リーダーシップがあり、歌も上手い。
武田さんならきっと何でもできるんだろうけど、やっぱり卓球のコーチをやって欲しいと思うのは私だけじゃないはず。

武田さん 中年フリーターなんて言ってないで、卓球のコーチ続けてくださいよー!

でも居酒屋の大将やパティシエ、学校の先生や保父さん、普通のサラリーマンにホスト、何をやっても武田さんならハマりそう。

広大な可能性を秘めた武田さん。恐るべし。

昨年の2015年2月6日のブログにも武田さんの事を書いています。合わせて読んでみてください。
ブラジル ~武田俊夫コーチ~

2015年去年の写真。まるで高校生のような当時30歳の私。

2016年今年の写真。私ったら、去年と同じTシャツ着てる!
武田さんは去年と変わっていませんね。

武田さんに用事があってメールのやり取りをしていたら、イタインケイコと書いていたところにツッコミが入りました。

→ちなみにイタインケイコーです
稽古ではなく蛍光灯のことなのよ

……知らなかった。ずっとイタインケイコだと思っていたけど、イタインケイコーだったのね。みなさん、ここはテストに出ますよ。

「You Next game, Yes? No now. But next game, Yes?」

前日の団体戦でブラジルランキング2位のKUMAHARA Caroline 選手に1-3で負けたので、個人戦でリベンジしようと意気込んでいました。

勝ち進めば4回戦目・準決勝で彼女と対戦する予定です。

1回戦を余裕で勝ち、会場をフラフラしていると「KUMAHARA選手、○○選手はもうすぐ試合ですので準備して下さい」との放送が耳に入りました。

「お、KUMAHARA選手の1回戦がもうすぐ始まるのか。見ておこうかな」と未来の対戦相手の様子が気になる西田泉選手。

すると、観覧席の一番後ろで友達と呑気にお喋りをしている私服のKUMAHARA選手を発見。

どうやら今の放送が聞こえていなかった様なので、私は親切に教えてあげました。

「ハロー。アナタ、試合。もうすぐ試合あるよ」 フレンドリーに手を振りながら。
「ハ?」
「日本語分かる?」
「ワカラナイ」
「アナタ、試合。もうすぐ、試合」 卓球のジェスチャーと、試合するコートを指さす。
「ノー ノー」 外国人らしく人差し指を横に振り、「試合しない」ジェスチャーの彼女。
「あれ? でも今放送で呼ばれてたよ?」 ←つい日本語。
「ハ?」 意味が分かっていない様子。
「困ったな。……You game now」
「ノー シアイ ノー game」 相変わらず「試合しない」というKUMAHARA選手。
「あぁ、分かった。今は試合しないけど、後で、つまり次の試合には出るでしょう? You Next game, Yes? No now. But next game, Yes?」 恥ずかし過ぎる英語で聞く私。
「ノーgame, ノーgame」

ダメだ。全然伝わらなかった(泣)。私の英語力、酷すぎる。
それにしても、どうしてKUMAHARA選手は「ノー」って言ったんだろう?
まさか試合に出ない訳じゃないでしょうね。

そのまさかでした。
KUMAHARA選手はミックスダブルス、団体戦で私を倒しておきながら、個人戦は試合を棄権しました。くぬぅ。もう一回彼女と試合したかったのに。

噂によればラテンアメリカ大会を控えており、更にはリオオリンピックも控えているので床の滑るこの体育館では試合したくないとの事。

みんなには「イズミと試合したくなかったんだよ」と言われたので、そういうことにしておきましょう。言うのはただ(無料)ですからね。

ふはは。ふはははー! かーっかっかっか~!

勝ち逃げされたよ~(泣)!!!

負けても良いからもう一回試合したかったよ~(泣)!!!

結局決勝戦を3-0で勝ち、優勝しました。

結果だけ見ると簡単に勝ったように見えますが、12-10、11-9、11-8でギリギリでした。


決勝の相手はフォア表、バック半粒高のリア・オオヒラちゃん。

~次編に続く~