卓球王国 2024年1月22日 発売
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インタビュー

ペンは強し。松下大星「実は『ペンをやめたい』と言ったことが一度あります」

松下大星

クローバー歯科カスピッズ

 

卓球王国最新号で特集をしている待望のペンドラ特集。
「松下大星の超速両ハンド ペンは強し」。
ペン裏面打法を使う「日本最強のペンドラ」松下大星が

卓球王国の誌面と動画に登場する。
技術的な深いポイントはぜひ卓球王国で読み込み、このインタビューでは

彼がたどった卓球のキャリアを振り返り、

なぜ社会人になって強くなったかを聞いてみた。
2
回に分けて掲載する。

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まつした・たいせい
1996年8月5日生まれ、熊本県出身。愛工大名電中、名電高、愛知工業大。2019年からクローバー歯科カスビッズ所属。2022年1月の全日本選手権でシングルスベスト8、アジア競技大会日本代表。ペンホルダードライブ型、裏面打法の第一人者。父は世界選手権元日本代表の松下雄二、母も日本代表の旧姓・下長智子。SNS上では「卓球界の小栗旬」とささやかれているイケメンプレーヤー。Tリーグでは琉球アスティーダに所属

松下大星インタビュー<前編>
聞き手=今野昇

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小学生の時、、ペンということで
周りの選手と違うことを、
ちょっと気にしてました。
シェークにして2日間経ってペンに戻した

●卓球王国の最新号(8月22日発売号・10月号)では大星くんの技術特集をしています。今回は技術よりも「松下大星」という選手について話を伺います。お父さんは、松下雄二さん。男子HNT(ホープスナショナルチーム)の監督であり、城山ひのくにジュニアクラブの監督であり、元日本代表選手、お母さんの智子さんは旧姓下長で、やはり元日本代表ですね。何歳から卓球を始めたんだろう?
松下大星 卓球は幼稚園から始めていますね。最初はシェークでしたが、1年くらいやっていてその後、ペンになりました。ただ、その頃の記憶はあいまいというか、全然覚えてないですね。

●父・雄二さん曰く、「卓球を始めて1年間はシェークでその後にペンにした。その後『ペンはやめる』と言ってきたことがある」と言ってます。
松下 それは覚えています。小学4年頃ですね。全国でベスト32くらいでしたが、ペンということで周りの選手と違う、他の人と違うことが嫌ではないけど、ちょっと気にしてました。上村(シチズン)とか、硴塚(協和キリン)とチームに強い仲間がいて、ぼくのプレースタイルがフォア(中心)とか、ミート系(打法)だったので、一度、「ペンをやめたい」と言ったことが確かにあります。

●それはコンプレックスなの?
松下 コンプレックスではないです。なんか自分の中でモヤモヤしていて、モヤモヤしたと思った瞬間に(ペンやめると)言ってました。最初、お母さんに言いましたね。その頃はお父さんは怖かったからです、今は反対ですけど(笑)。その後、お父さんに言ったら、「おまえがそう思うなら変えてもいいよ」と言われて、ペンをやめて、2日間くらいシェークやったら、全然普通になり、勝てなかったから、またペンに戻しました。

●その後、ペンをやめようと思ったことはないの?
松下 一度もないですね。一度でも、「ペンやめる」と言えたことが良かったんだと思います。そうじゃないとモヤモヤしてたかも。

●自分の卓球のモデルは?
松下 王皓(元世界チャンピオン、五輪銀メダリスト)ですね。王皓の裏面のバックは参考にしました、フォアはあまり良いとは思わなかったし、フォアで参考にした人は……いないですね。

●お父さん(雄二)もペンドラだったけど……。フォームはよく似ているけど。

松下 お父さんからも教えてもらいましたね。似ているのはたまたまというか、血筋かもしれないし、自然に似たんですかね(笑)。フォームをお父さんに教えてもらったことはないです。

●中学2年で愛工大名電中に転入したね。
松下 上村、硴塚、宮﨑という強い選手が外に出ていたので、自然にぼくも熊本を離れることになりました。

お父さんも表面だけのペンドラだから、王皓というモデルはいても裏面を教えてくれる人はいたのかな?
松下 いないです。ずっとネットで見ていたけど、名電中に行ってから真田さん(名電中監督)が教えてくれました。

当然、名電中、名電高と、まわりはシェーク攻撃ばかりだから、そういう中でペンでやっていくのはどういう気持だたんだろう?
松下 先輩と練習やらないと強くなれないので、その頃は相手がやりやすいボールを送っていました。

●それってどういう意味だろう。
松下 ペンは普通に打つと取りにくいボールが行くんですよ、ブロックしても。それだと相手も嫌がって練習してくれないので、相手がやりやすいボールを送ってました。

●それは試合ではあまり良いことじゃないね。
松下 試合で(相手が打ちやすい)良いボールが行ったら「ドンマイ」(笑)。先輩とやる時には気をつけてました。でも、試合では違うボールが飛んでいくし、後輩と練習やる時には好き勝手やってました。

●中高の頃を振り返ると、今どう思う?
松下 真田先生にも技術をいろいろ教えてもらって、技術面では確実にアップしました。ただ成績は平行線というか何とも言えないです。その頃の名電は全国でベスト8に入ったらすごいという感じだった。もちろん3年のインターハイベスト8の時は悔しかったけど、1、2年制の頃はそうでもない。今のメイデンとは全然違いますね。今は全国ベスト8くらいだと満足できない。選手の意識が違いますね。

 

愛工大名電中の時の松下大星(2011年の全国中学校大会

 

高校時代の松下大星(2014年インターハイ)。インターハイベスト8が最高の成績

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