日本卓球協会の宮﨑義仁強化本部長の言葉は激しかった。
3月下旬、カタールでのWTT中東ハブが終わっていた。その怒りの矛先はWTTを統括するスティーブ・デイントンだった。WTTでの運営のまずさや、情報の少なさは日本代表を抱える倉嶋洋介日本代表男子監督からも聞いていた。
WTTとはそもそもWTTグランドスマッシュ(4大会)を頂点にして、その下にWTTカップファイナル(2大会)、WTTチャンピオンズ(8大会)、WTTスターコンテンダー(6大会)、WTTコンテンダー(最大14大会)という新しいワールドツアーのシステム。昨年までのワールドツアーをなくしての新しい試みで、コロナ禍の影響もあったのかもしれないが、大会に関する情報が少なく、昨年11月くらいからのワールドカップやWTTマカオというプレ大会でのエントリーは混乱を極めていた。
そのために東京五輪を控えた大事な時期に日本卓球協会の強化本部も、他の国の選手やコーチもフラストレーションが限界に来ていた。
そういうタイミングを見計らって卓球王国は取材をしたわけではない。5月にWTT中国ハブが行われると言われていた3月の時点でのインタビューだった。
宮﨑本部長は痛烈にWTTを批判した。「あなたたちのやり方はお金儲けだけのためにやっているとしか思えない。226の国や地域の協会のことを全く考えていない。強い選手を呼んでその権利を高く売っているだけだ、と言ってきました。表向きは選手に高い賞金を与え、卓球のステイタスを上げるため、と言ってはいるが、よくよく調べていくとお金儲けのためのシステムであることがわかった」。
そもそもWTTの仕組み自体が唐突に見えていた私にとっても、宮﨑氏の怒りは当然のように見えた。新しいITTF(国際卓球連盟)の世界ランキングではWTTグランドスマッシュ(4大会)は世界選手権とオリンピックと同じ獲得ポイントになっている。
1926年に第1回の世界選手権が行われ、ITTFも創立された。卓球における世界選手権は歴史があり、選手がもっとも大切にしてきたイベントである。そして1988年ソウル五輪で初めて卓球がオリンピック競技として採用されてからは、世界選手権に加え、オリンピックという全世界が注目する競技大会に名前を連ね、世界選手権以上の重きが置かれた。
そんな歴史があるにもかかわらず、ITTFはなかば強引に世界選手権や五輪と同列に扱うように、WTTという新規事業を見切り発車させた。
しかも、今までワールドツアーのプラチナ大会(上位大会)としてあったジャパンオープンが、今のままでは組み込まれていかない。「もしグランドスマッシュという大会を日本卓球協会が引き受けて開催となれば、3年連続、5年連続やるというような契約になっていて、1大会で3億から5億円程度の赤字になる。そういう状況に陥るので、大会をやるという契約はとても受けられない」(宮﨑本部長)。
世界のトップ選手が日本に集う機会も本当になくなってしまうのだろうか。
まるでテニスのグランドスラム(全英・全豪・全仏・全米)やゴルフ(マスターズ・全米プロ・全米オープン・全英)のコピーのように、新たなビジネスモデルを作ろうとしているWTTは、準備があまりに拙速なために、世界中から批判を浴びている。
ランキングの獲得ポイントや賞金額が大きいグランドスマッシュに今後、トップ選手が流れていくと、賞金もなく、名誉しかない世界選手権やオリンピックがおざなりにされることはないだろうか。
しかも、ITTF内部では会長選を睨んだ政局が、今回のWTTの混迷に拍車かけることになった。ITTFのトーマス・バイカート会長の母体とも言えるドイツ卓球協会が昨年11月に全協会に書簡を送り、「WTTが一部の人間によって会長の知らないところでコントロールされ、資金のが流れも不透明だ」と批判し、カリル・アル−モハンナディITTF会長代理に不適切な行為があったと、バイカート会長は2月23日に会長代理職の解任を通知していた。
ところが3月の執行委員会では、過半数の出席者がそのアル−モハンナディ氏の解任を無効とする決定を下し、その決定を今度はバイカート会長が「スポーツ裁判所に訴える」という泥仕合だ。
5月のWTT中国ハブは、結局、中国政府や開催する省の許可が降りずに五輪以降に延期となったが、WTTが五輪以降、計画通りに開催できるかどうかは、コロナ禍での大会という問題とは別に議論されなくてはいけないだろう。
今まで、世界ランキングをほとんどの国際大会の大きな基準としてきた日本卓球協会も、現時点で若い選手やランキングの低い選手が国際大会に出場する機会が減ると予測し、そのランキングによる基準の変更を余儀なくされ、今後は選考会を実施するつもりだと宮﨑本部長も語っている。
WTTという新規事業の中心にいるのはITTFのCEOのスティーブ・デイントン氏と、WTTのディレクターのひとり、マット・パウンド氏という二人のオーストラリア人だ。
卓球の歴史と伝統を持つヨーロッパやアジアの卓球人ではない、オセアニアの人がプロテニスのような新規モデルを作ろうとしているのは偶然だろうか。「彼らはお金儲けしか考えてなくて、普及、発展を考えていない」「オリンピックと世界選手権は2枚看板なのに、それをスティーブとマット(・パウンド)とか、卓球をやっていたかどうかもわからない人が現れて、金儲けのために大会を作って、オリンピックと世界選手権の価値を下げて、自分たちが作ったグランドスマッシュと獲得ポイントを同じにしているし、世界選手権の個人戦を廃止するというようなことをネットで発信したりしている。卓球を私物化している、ふざけるなと」と宮﨑本部長の怒りは収まらない。
「スティーブにインタビューする時に『君がいるから世界が混乱している、君は(ITTFを)辞めるべきだ』と彼に言っておいてください。宮﨑がそう言っていると。彼がしっかりしていないから、今世界の卓球界が混乱している。悪の根源だ」とまで言い放つ宮﨑本部長。
東京五輪後に、日本卓球協会はどういう立ち位置を取るのか。どうITTFに働きかけていくのだろうか。
本日発売の卓球王国最新号(6月号)では、宮﨑義仁本部長のインタビューと合わせて、宮崎氏の批判や疑問に答えるスティーブ・デイントン氏のインタビューも掲載している。
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