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真説 卓球おもしろ物語(伊藤条太)「卓球誕生」Part.1

『マンガで読む卓球ものがたり』の原作者で卓球コラムニストの伊藤条太氏が、マンガには細かすぎて!? 入れられない卓球の歴史に隠されたおもしろ物語とその背景を紹介する、卓球王国本誌での連載。その初回(卓球王国2020年7月号掲載)を数回にわたり全文掲載する。テーマは「卓球誕生」。卓球歴史マニアがとことん突き詰めて判明してきた、卓球誕生の真実を説く。

 

恐るべきマニアの巣窟 『テーブルテニス・コレクター』

卓球の歴史マンガの原作を書き始めたのは今から3年前、2017年のことだ。どうせ書くなら、より正確に書こうとITTF(国際卓球連盟)のウェブサイトの閲覧を始めた。日本が世界選手権に出場するようになってからのことは、日本の新聞や雑誌などが残っているのでそれを見れば良いのだが、それより前のこととなると、よくわからないことが多い。ITTFのウェブサイトに書いてあることなら、公式な卓球の歴史だからもっとも正確なはずだ。

さっそく「ヒストリー」というコーナーを見つけて原稿を書き始めたのだが、どうも様子がおかしい。ウェブサイトを見るたびに書いてあることが少しずつ変わるのだ。これでは何が本当かわからないから原稿を書き進められない。

マニアっぷりが素晴らしい卓球マガジン『テーブルテニス・コレクター』。ITTFのサイトで閲覧できる

困ったなと思いながら、そのウェブサイトをあちこち探しているうちに『テーブルテニス・コレクター』という雑誌を見つけた。1993年から年に3回発行されているもので、80冊以上がすべて公開されている。覗いてみると、誌名のとおりコレクターたちが卓球用具やらアクセサリーやらのコレクションを披露したり、情報交換をしたりしている。卓球に関するものなら何でも良いらしく、ある号の表紙には、卓球の絵が描いてある古そうなカードが載っていて「12枚すべてを揃えるのに40年かかった」などと書かれている。またある号には、アメリカ・ユタ州北部で金属探知機で地中のお宝を探すのが趣味の男が、地表から5インチ(約13センチ)下のところから1929年世界選手権男子団体3位のメダルを発見したと書いてある。その大会でメダルを獲得したのはイングランドチームだが、なぜそれがアメリカの地中に埋まっていたのかが「ミステリー」だという。当時のイングランドチームには、後にアメリカに移住したフレッド・ペリーという選手がいたが、彼のメダルは1997年にイギリスのコレクターが手に入れているのでそれとは別だとし、「このミステリーを解く情報を持っている読者はご一報を」などと結ばれている。

これは大変だ。こんな常軌を逸した卓球マニアたちがITTFのウェブサイトという公の場所で、目も当てられないマニアックな活動を繰り広げていたのだ。素晴らしい。

 

趣味が高じてスイスに移住し「卓球博物館」の館長になった男、そして卓球史研究を競う二人

この会報の編集人を務めるのがチャック・ホイという現在75歳のアメリカ人だ。元々はコンピューター関連のエンジニアだったが、ウェブサイトで公開していた膨大なコレクションがITTFの目にとまり、それを展示する「卓球博物館」が創設されて初代館長としてスイスのローザンヌに移り住んでしまったという、とんでもないお方だ(「卓球博物館」は現在は中国・上海に移設され、館長も変わっている)。前述のレアカードやらメダルの話はいずれもチャックが書いた記事だ。

チャック・ホイ。スイス・ローザンヌのITTF本部内(右下)にあった卓球ミュージアム内にて説明するチャック(右上/2005年当時)。左下は現在のITTF卓球ミュージアム(中国・上海)

それだけではない。実はこの会報には、チャックとは別のタイプの凄まじいマニアが二人いるのだ。スティーブ・グラントというアメリカ人とアラン・デュークというイギリス人だ。この二人、何のマニアかというと、文献のマニアなのだ。昔の新聞や雑誌、特許などを調べ上げ、卓球史に関する新事実やら疑問やらを見つけ出しては発表し合っているのだ。その内容はあまりにも詳細すぎて他の追従を許さず、まるで卓球史研究という世界選手権の決勝をたった二人で争っているような勢いだ。

左:アラン・デューク、右:ティーブ・グラント

たとえば、卓球は19世紀後半に貴族が食後の遊びとして食卓で打ち合ったところから始まったなどとよく言われるが、この二人は「言われている」などという証拠のないものは認めない。証拠に基づいたハード・ファクト(確固たる事実)以外は認めないのだ。

2012年、スティーブは卓球について書かれた1884年の特許を発見した。これより古い卓球の記録はない。これこそが卓球発明の証拠だとばかりに、その特許を書いた人物の生没年と生涯、当時住んでいた現存する建物、はてはそこに後で住んだ人たちまでも調べて発表した。「そこまで必要か?」とも思うが、卓球を発明した超重要人物だと言われれば仕方がない。

ところがその3年後、今度はアランが卓球らしきことに触れている1883年の特許を発見してしまった。これこそが卓球に関する最古の記録ではないか。アランは、その特許を書いた人物の家族構成や当時の会社の地図、あろうことか母方のお爺さんがオーストリアからイギリス・マンチェスターに移り住んできたころからの一家の歴史を調べ上げ、5ページにわたって発表した。もはやどこが卓球史なのかわからないほどだ。

「テーブルテニス」という言葉がいつから使われ始めたのかも二人の関心事だ。2010年にアランが1892年の雑誌の広告を発見し、それが最初だと思っていたら、2016年に今度はスティーブが1890年に発売された卓球セットの取り扱い説明書をケンブリッジ大学の図書館から見つけ出し、その中にテーブルテニスという言葉が一カ所だけ使われているのを認めた(どういう生活をしているのだろうか)。

もうお分かりだろう。ITTFの「ヒストリー」のコーナーに書いてある卓球の歴史が見るたびに少しずつ変わるのは、これらのマニアたちの発見によって未だに卓球史が更新されているからなのだ。『テーブルテニス・コレクター』こそは、他の卓球本などまったく相手にならない、ぶっち切りで世界最先端の卓球史研究の場だったのだ。どの情報も将来否定されてしまう可能性があることはもちろんだが、現状、最も質の高い情報であることだけは間違いない。

そういうわけで、これから紹介していく卓球史の多くは、この『テーブルテニス・コレクター』を根拠としている。また、卓球の誕生を書くためにはどうしてもその元になったテニスに触れないわけにはいかない。少し長くなるが、そのあたりを丁寧に書いていきたい。

(文中敬称略)

続きはこちら→Part.2

 

●参考文献:スポーツ学選書「テニスとドレス」稲垣正浩・編著(叢文社)、「Table Tennis Collector」ITTF

『マンガで読む 卓球ものがたり』 1巻 2巻

伊藤条太「奇天烈 逆も〜ブログ」

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