国際競技連盟の中で最多の226の国と地域の卓球協会が加盟する国際卓球連盟(ITTF)。卓球競技は加盟協会数では完全にメジャーだが今までは毎年、団体戦と個人戦を交互に行う世界選手権大会を軸にして、付随したワールドツアーなどによって世界ランキングのためのポイントが獲得できるという仕組みだった。
これらの仕組みの原型を作ったのは1987年にITTF会長に就任した荻村伊智朗(故人・元世界チャンピオン)であり、それを具現化したのが、今のITTFの基盤を固めたアダム・シャララ前会長(現名誉会長)だった。この二人に共通していたのは抜群の頭脳の持ち主であり、ビジョンと行動力を備えていたこと。
荻村は任期中に病に倒れ、1994年12月に死去。シャララ氏は1999年に会長職に就任して、2014年に、後任のトーマス・バイカート氏(ドイツ)が引き継いだ。シャララ氏はチェアマン(議長)に就任し、その後名誉会長となった。なぜシャララ氏が辞任し、バイカート氏を指名したのか。当時は、シャララ氏は61歳でまだまだ若く、様々な改革を実行し、世界中の協会関係者からの人望もあった。健康問題も囁かれたが、退いても院政を引くのではないかという憶測も流れた。
シャララ氏とバイカート会長の関係が崩れたのは、2017年のITTFの会長選の前だった。バイカート会長の対抗馬として、シャララ氏は元世界2位のジャン・ミッシェル・セイブ(ベルギー)を擁立し、支持したのだ。5月の年次総会の会長選挙の結果はバイカート/118票、セイブ/90票という僅差で、現会長のバイカート氏の勝利で決まった。しかし、役員経験のないセイブがそこまで票を集めた選挙結果は、図らずもシャララの力を示すことになった。
バイカート、シャララの衝突の発端は長年ITTFの権利関係を仕切り、シャララが代表となっていたTMSとのパートナーシップを終了させたことと言われている。ITTF側は資金の不適切な流用、利益相反(この場合、連盟の利益を犠牲にして、シャララが自己の利益を優先したという意味)に当たるとして、2019年3月にはカナダ卓球連盟の会長職だったシャララのITTF関係のすべての活動を4年間禁止するという声明を発表した。それはシャララのITTF会長への返り咲き、もしくは他の立候補を政治的に後押しする活動に先手を打つ形となった。
14年間、ITTFの権利関係をコントロールしていたTMSを悪の巣窟とみなし、そのボスであるシャララをITTFから追放するような動きだった。一方、シャララはその処分に不服として、スポーツ仲裁裁判所へ提訴した。
そして2020年5月にはITTFのカリル・アル・モハンナディ会長代理とペトラ・ゾーリン副会長が2021年の会長選に向けて、会長続投を希望しているバイカート会長を「会長としての資質に問題がある。連盟の利益ではなく、会長選に向けた活動をするために世界の協会と連絡をとっている」とバイカートを糾弾するレターを各協会に出して、ITTFの執行委員会の中での不協和音が明らかになった。
ところが、2020年11月30日に、ITTFは「アダム・シャララ氏の活動停止を解き、平和的な解決となった。シャララ氏はスポーツ仲裁機構への提訴を取り下げた」と発表した。あまりに突然の発表だった。
その裏には何があったのか。単なるITTFの内紛だったのか。そして今年になって、突如出現したWTT(ワールドテーブルテニス)というトーナメント方法と組織とは何なのか。 (今野)
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