10年前、「ラバーが1万円を超える時代」が来ると誰が予想しただろうか。
ハイエンドユーザー用のラバー、『テナジー』(バタフライ/7920円税込・国際卓球販売価格、以下同じ)を筆頭に、9000円を超える『ディグニクス』(バタフライ/9405円)があり、そしてついに定価が1万円を超える『オメガⅦツアーi』(XIOM/11660円税込・販売価格9328円)、16500円の『キョウヒョウ3国狂ブルー』(紅双喜ニッタク/販売価格13200円)も発売された。
1万円を超えるラバーが出ると、5000円のラバーが安く感じてしまうのは人間の心理だ。しかし、5000円でも消耗品のラバーとしては十分に高い。卓球王国にも読者から「ラバーが高くなりすぎて困ってしまう」という投書が多く寄せられるようになった。
元タマスの相談役、久保彰太郞(故人)。1997年に『ブライス』(バタフライ)に5000円(本体)の値付けをした人だ。当時、卓球市場のヒット商品でトップ選手が使用していた『スレイバー』(バタフライ)『マークV』(ヤサカ)が2800円(本体)の時代、2倍近い値付けだった。「社内でも猛反対があったが押し切った」と、のちに久保が教えてくれた。
久保は鬼才の経営者だった。自分が関わるものは、とことん掘り下げていく。それが化学や数学や物理であっても、デザインであっても、深く掘り下げ、猛進していく一途な人間だった。
1997年当時はスピードグルー(揮発性溶剤を含むスピード増強接着剤)全盛の頃で、「スピードグルー効果内蔵のテンションラバー」というすべてが耳新しい言葉で説明されたラバーが『ブライス』だった。スピードグルーを塗ればラバーにテンション(緊張)がかかる。製造段階で緊張を与えるので、グルーを塗った状態と同じラバーだという説明だ。
スピードグルーを使うことで当時はラバーの寿命は短くなっていた。グルーでラバーを膨らませ緊張状態にしてラケットに貼ることを毎日数回繰り返すためにラバーは数日でダメになることが多かった。
そういう状況で2800円のラバーが最高値の時、5000円となれば選手の負担は大きくなる。久保の理屈はこうだった。「このラバーはスピードグルー効果を内蔵しているのだから塗る必要がない。だからラバーが長持ちするんだ。もし2週間でラバーを替える人が1カ月もてば高くはないはずだ」。
久保は選手たちがこぞってグルーを塗ることを心の中では良しとしてなかった。グルーを塗らなければ確かにこの『ブライス』の寿命は長い。タマスのラバーの耐久性はその後の『テナジー』でも実証済みだ。
しかし、選手たちは『ブライス』にも容赦なくグルーを塗った。久保の想定は外れた。
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